《ファンシー・チェンバー・ミュージック》。ここには、ジャズのひとも、クラシックのひとも、ただ音楽として、一緒にいられる場だ。かつてのサロンには一段高いステージなどなかったように、平土間で、音楽家も聴き手もおなじ目線のところにいる。そしてもちろんそこには、ちょっと気取って、でもすぐに茶目っけをだしてにこにこと笑ってしまうカーラ・ブレイもいる。

 カーラの音楽が魅力的なのは、そのキャラクターそのものがにじみでているからだ。音楽だけ聴いていると、真面目さとユーモアとアイロニーとが、行ったり来たりして、捉えがたいようにも思える。カーラって、どんなひとなんだろ?と思わせられる。でも、まさに「こんなひと」なのだ。つまり、誰だって、真面目なときがあり、ユーモアをとばすときがあり、アイロニーを示すことがある。メランコリックにだってなるし、ヴァイタリティに満ちてとばすこともある。それとおなじで、カーラとカーラの音楽はおなじように、自然、なのだ。

 ビックバンドのときには大勢でわいわいとやる。夫君スティーブ・スワローとのデュオは、親しく対話を交わし、冗談をとばす。じゃあ、室内楽とやるときは?

 クラシックのようにしかつめらしく「室内楽」をやろうってわけじゃない。もっと気楽に、気心の知れた人達とアンサンブルを楽しむ感覚。ときには誰かがそばでゆったりとダンスのステップを踏んでもいいように、リズムもそっとキープして。お茶があってもいいし、軽いお酒があってもいい。あ、プティ・フールもいるかもしれない。《ファンシー・チェンバー・ミュージック》のカーラは、いつも以上に、気の利いたホステスといったかんじで振る舞っている。一緒に演奏するひととお客さんとのあいだを行き来しながら、ジョークをとばし、飲み物をすすめ、音楽を奏でる。

 おカタさよりも可愛らしさ。肩肘はらずに楽しめるような室内楽。カーラが提供してくれるのは、ジャズでもクラシックでもある音楽。ジャズ化したクラシックでも、クラシック化したジャズでもない。或るときにはリラックスできる音楽を。また或るときには、じっくりとひとつひとつの音を聴きこむことのできる音楽を。あるのはただ、楽しみ方のちがいがあるだけ。真面目なだけでも飽きるし、つづけざまにユーモアがつづいても疲れてしまう。だからリラックスしたなかにピリッと香辛料をきかせ、緊張が高まってきた瞬間にすっと息をぬく。

 《ファンシー・チェンバー・ミュージック》。カーラの音楽に接していると、肩の力がぬけてくる。頬の緊張がとけ、やさしく微笑むことができるようになる。

小沼 純一
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