キースのNew Album「The Melody At Night,With You」を聴いて、皆さんはどんな感想を持っただろうか。僕の場合、”Simple”という言葉がまず浮かんできた。もちろん、これは”単純”という意味での”Simple”ではなくて、メロディを弾いていてよけいな事を一切していないという賛辞の意味での ”Simple”だ。今回はこの”Simple”という言葉をキーワードに、キースの音楽に対する姿勢について少し語ってみたいと思う。

キースが音楽について僕に話した時に、”Simple”という言葉を使ったのは、八ヶ岳高原ロッジの敷地内にある音楽堂でのコンサートの時が初めてだと記憶している。こじんまりとした八ヶ岳の音楽堂で、キースがJ.S.バッハの「ゴルトベルク変奏曲」をチェンバロで弾いたこの公演を行ったのは1989年1月。その時にキースが僕に語ったことを、僕は今でも忘れずに覚えているんだ。
 「トシナリ、僕はチェンバロ奏者になるつもりなんかないんだよ。僕が音楽で表現したい事は、小説に例えるなら長編を書けるぐらいの内容なんだけれど、それを”Simple”に短編小説にまとめようという事を考えた時、チェンバロを弾くことを思いついたんだ。」
次のような言葉を聞いたことがある。
 「優れた短編小説を書くことの出来る作家こそが、本当に力のある作家なのである。」チェンバロという楽器は、ご存知のように、弦の長さも鍵盤の数もピアノに比べて少なく、その為、音の表現力に限界がある。そういう楽器で音楽を表現するという事は、まさしくキースの言うように長編を短編にするようなピアニストとしての力量が必要なのだ。そして、表現したいものを”Simple”に弾きたいと語ったキースにとっての”Simple”とは、その音楽性の深さを表す言葉であり、決して簡単に到達できる事ではないのだ。 余談にはなるが、この八ヶ岳音楽堂では2回のコンサートの他に、レコーディングも行われた。この時に録音されたアルバム「ゴルトベルク変奏曲」(ECM NEW SERIES J00J 20356)は、リリースされると外国で大評判になったのだが、なにしろ古楽器のチェンバロを使用するのだから、レコーディングのセッティングには細心の注意を払ったんだ。楽器のセッティングから公演が終了するまでの1週間の間、1日24時間を通して湿度・温度の調節をするように気を配ったのだが、後で聞くと、その為になんとドラム缶8本の燃料を使ったということだ。また、キースはキースで、長年仕事を共にしてきたレコーディング・エンジニアをこの時から変えている。キースもこのレコーディングを、自分の音楽の新たな可能性への挑戦ととらえていたのではないかと僕は思っている。 僕は「’85 Tokyo Music Joy」でバルトークのピアノコンチェルトNo.2を弾いたキースに、いつ頃からクラシックをやっていたのか聞いた事がある。すると「ケルン・コンサート(’75)の頃より演奏会として成り立つように練習していたんだ」と教えてくれた。すでにジャズ・ピアニストとして音楽界で認められているにもかかわらず、キース・ジャレットというピアニストは、ただ音楽家として日々淡々と過ごすのではなく、いつも自分で目標を定め、常にステップ・アップを目指す人なのだ。このたゆまぬ努力と向上心があってこそ、演奏会においてそれが凝縮した形、つまり、素晴らしい演奏となって現れ、結果的に演奏会に足を運んだ観客の心を動かす事になるんじゃないか・・・僕はそんな風に考えている。