耳の自己主張 鯉沼利成x河内 紀

<聞き手> 田村治芳 <構成> 皆川 秀

鯉沼 コーヒーもらう? 
河内 不調法もんで、スイマセンが紅茶にしてください。今度は三人(トリオ)だろ?
鯉沼 キース・ジャレットとゲーリー・ピーコック、ジャック・ディジョネットに、キースの奥さんと 医者が一人ついてくる。三日まで大阪。東京に帰って二日休んで、八日が東京文化会館。
河内 大変だね。
鯉沼 最初のソロんときは、五百ドルだったんだけどな(笑)。ところで、最近の映画は音楽がひどいね。 こないだ観たのもスクリーンでは蓄音機が回ってんのに音はCD。それでOKしちゃうんだから、監督 がわかってないわけだ。しかもいまの世の中あれで通るんだな。あんなの観ると音楽の仕事なんてやり たくなくなっちゃう。だから、もう一度クラシックを聴き直そうと思って。昨日は、ルービンシュタイ ンとミケランジェリをね。
河内 鯉沼サン、銀座の山野楽器がいいってスタンプカード持ってたよな(笑)。いま日本一地価が高 い場所って、鳩居堂じゃなく山野の前なんだってサ。昔の話をするとさ、洋楽のレコードを買うには新 宿の「マルミ」しかなかったじゃない。
鯉沼 高かったよなぁ。LP1枚が三千円。オレの、シャープス&フラッツのバンドボーイの給料が、一ヶ 月二千五百円だったんだもの。オレあのころ、洋服売ってLP買ったもの(笑)リー・モーガンの「サイド・ ワインダー」とかマイルスの「ウォーキン」なんて買ったよ。
河内 「ウォーキン」はジャケットがいいよね。オレが買ったとすれば「クール・ストラッティン」あたり。 オレにとって最初の鯉沼サンの記憶は、TBSホールのサブルームの前でチョッチョッと呼ばれて、な にいわれるかと思ったら、「オレ、志ん生好きなんだけど」って(笑)。原(言夫)さんの演奏が始まっ てるのにさ。
鯉沼 シャープのマネージャーだったころだな。始まったらマネージャーは用ないスから。
河内 ちょうど落語協会と落語芸術協会に分裂したころで、TBSは、志ん生派だったんだな。それに してもジャズがガンガン流れてるなかで「志ん生のテープ、ヤミで録音してくれないか」って(笑)、 不思議な人だなぁと思ったんだけど、その後、いろんな人たちと付き合いが深くなると、ジャズ・ミュー ジシャンには落語好き、しかも志ん生好きが多いことがわかったんだよね。うまいけどかしこまってる 円生型じゃなくて、やっぱりアドリブの志ん生なんだなと。
鯉沼 そうなんだよ。
河内 シャープやめたのは、どうしてなの。
鯉沼 昭和三十三年にバンドボーイでシャープに入って、マネージャーやって、やめたのが四十四年か。 ビッグバンドよりモダンジャズのほうがおもしれぇかなと、あてもなくやめちゃったんだけど、菊池雅 章ってちょっと変わった気むずかしいのがいるんだよって噂を聞いて、どうせマネージャーやるなら、 そういうヤツやってやろうかなって。
河内 日本のモダンジャズ発展のために、火中の栗を拾ったわけだな(笑)。
鯉沼 シャープ、長かったからな。そう、六七年、ロードアイランドの「ニューポート・ジャズ・フェスティ バル」に出たんだよ。
河内 あの話は、古典落語になるよね(笑)。
鯉沼 誰も英語できないわけだよ。パンって英語だと思ってたんだから。だいたい、あのころは東京か らハワイまで直行できなくて、ウエーキ島でさ。
河内 ウエーキ島ってのがいいね(笑)。
鯉沼 キャンプでガソリンだけ入れてハワイに行って、サンフランシスコに行って、それからニューヨー ク。JFK(空港)の外国便ゲートからバスに乗りこんだんだけど、みんな緊張しちゃってるからニューポー トに行く前にもう一回「真夏の夜のジャズ」を観ようということで、配給会社に頼みこんで。
河内 ぼくらにとっては、一番最初に感動したといっていいジャズ映画だよ。
鯉沼 計算してみると、東京から三十時間ぐらい乗りっぱなしなんだけど、眠るやつは誰もいなかった。 少しは落ちつくかと思って本番前の舞台で練習させてくれって、オレがジョージ・ウェインに頼んだん だけど、当日になっても前川元さんの顔が青いんだよ。
河内 そんなに緊張してたんだ。要するにオリンピックみたいに「日の丸」背負ってたってことだ。
鯉沼 だからオレはすぐハイミナールをとってきてさ。これ、二錠飲めば大丈夫だからといったら「もう、 飲んでるよ」って(笑)。そんな状態なのに昼の部のトップバッターでね。そうそう、ニューポートまで行っ て「テイク・ジ・Aトレイン」だの「ワン・オクロック・ジャンプ」やったってしょうがねえから、ぜ んぶ日本ものでいこうと「箱根八里」とか、尺八の、山本邦山の「乱れ」とかね。
河内 いいねぇ。かなり実験的だ。
鯉沼 「梅ヶ枝の手水鉢」とかさ。
河内 アハハッ。「たたいてお金が出るならば」か。太鼓が活躍するってことだな。
鯉沼 そう、全員でパーカッション大会やろうって。でもね、マラカスみたいな洋楽器を使ってもおも しろくねぇから、オレが浅草の仏壇屋に行ってヨ、鐘とかお神楽の鈴がいっぱいついてるのとか、とに かく日本の楽器をさ。で、いっせいにガシャガシャガシャガシャ。これが評判になっちゃって大変。ジョー ジ・ウェインに夜の部も出てくれって頼まれて、昼と夜の間にロードアイランドの刑務所の慰問まで行っ たんだから(笑)。ベイシーだのエリントンだの、すげえバンドがバンバン出てて音楽はもちろんよかっ た。それ以上によかったのは、ジャズってのはまっ昼間、青空の下でやるもんだと思ってね。日本では よォ、ジャズはクラブでさ。
河内 便所のニオイと(笑)。
鯉沼 そう、便所とアルコールのニオイがムンムンしてるとこでしか、できないわけじゃない。これは 絶対、日本でもフェスティバルをやらなきゃいけないって。
河内 うん。天気ってのはあんまり考えたことなかったけど、ジャズってやっぱりそういうものなんだ な。それにさ、さっき志ん生の話をしたけど、ジャズってユーモアというか冗談だと思うんだよ。いい 気持ちにさせといてストトンって落とすというか。深刻にやってても最後はニコッと終わらせる。
鯉沼 キースもそれ、うまいよねぇ。