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鯉沼 ホント、ジャズに限らず耳のクオリティが落ちたよねぇ。 河内 落ちた。耳の悪いやつが増えたね。 鯉沼 アナログならスピーカー、アンプがあってさ。プレーヤーだ、アームだ、モーターとか針が変わっ ても音が変わる。いまは耳がCD用に変わっちゃってるもん。 河内 それに意識しなくても音楽がずっと流れているのが常態になってる。テレビならニュースにまで。 音楽に対する認識がものすごく低くなっているんだよ。 鯉沼 キースがいったよ。「コイヌマ、こんなウルサイ国でコンサートをするのは大変だろう」って。 デパート、スーパー、どこ行ってもBGMでしょ。特に新幹線がヒドイよ。東京出て品川に着くくらい に、ようやっとアナウンスが終わるっていう(笑)。 河内 キースは特に静けさを大切にする人だからね。だけど、そのコンサートでも静かに聴いてはいる んだけど、演奏が終わるか終わらないか、音の余韻が残っているうちにスタンディング・オベーション だもん。 鯉沼 クラシックでもそうだよ。手が止まってても椅子に座っているうちは、まだ演奏中だってこと。 河内 形で聴いているってことだな。気持ちはわかるけど、音楽を聴くというよりイベントに参加して いる感じなんだよね。 鯉沼 来日したスヴェンソンの、こんな小さな子が、外を歩くとき耳ふさいでたもの。 河内 ときどき、どんな番組をやりたいですかと聞かれるんだけど、オレが最後にやりたいのは「黙祷」。 「黙祷!」から始まって、全チャンネルで五分間音を出さないって番組。そしたら、いいことできたなっ て、この業界も引退できるんだけど(笑)。 鯉沼 いいねぇ。さすがキースを十分で納得させる男だな。 河内 オッケー、サンキューしかいってないからだよ(笑)。鯉沼サンからキースの撮影の話があった ときには一度断ったんだよね。オレ、コンサートでも見てるとダマされるから、だいたい眼をつぶって 聴くんだよ。だから音楽を映像に撮るなんてできない、邪道だと思ってたから。それにクラシックだっ たら、譜面でカメラを割って、一カメさんは第一バイオリン、二カメさんはホルンって、いくらでもや りようがあるんだけど、キースはインプロヴィゼーション(即興)だから。最終的にどう撮ってもいい といわれたからね。カメラは一台でいいと思ってた。いまでもそう思ってるんだけど、じつは。 鯉沼 オレは、キース撮るのはこの人しかいねぇと瞬時に思った。 河内 キース自身も、どっちかといえば、自分は音楽家だから映像なんて必要ないと考えてる人なんだ よね。だからキースに会った最初に、ボクは記録人間です。記録することには興味があるけど、あなた の映像を使ってボクのなにかを表現しようとか、なにかをつくろうという気はまるでありませんといっ たんだよ。ミュージック・ビデオにありがちな外を歩く映像とか、青空とか波のようなものを挟むつも りはありませんって。第二に、いい音楽ができることが大事だから、あなたが気になることは一切しま せん。その二つだけを条件にしたんだよな。 鯉沼 キースはそれだけでわかっちゃったんだよ。だからホントに打ち合わせに十分かかんなかったも んな。武満さんのときもそうだった。河内サンは、人が撮った絵をなんでオレが編集しなきゃならない んだって(笑)。でも、とにかく頼むよ、武満さんの演奏会の映像なんだからって。 河内 テレビ朝日で撮った映像を編集しなおしたのね(『武満徹 日本シネマ館 TOKYO MUSIC JOY』)。 鯉沼 でも武満さん、河内さんのことちゃんと知ってた。「初めてお会いしますが、お名前に記憶がある。 映画音楽をやっていませんか」ってね。話してるうちに「ああ、わたしはあなたのことを本に書きまし た」という。鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』の音楽をやった河内紀という人はすばらしいと書い た、その本を今度差しあげますってね。それで、河内さんが編集してくれるなら、どこをどうしてもらっ てもかまわない。すべてお任せしますといったんだから。なんの世界にも三角形があって、このへん、 頂点あたりにいる人たちってのはみんなわかるんだ。この人なら間違いねぇと、ピーンとくるんだよ。 河内 ほめすぎだよ(笑)。『ツィゴイネルワイゼン』は音楽を使わない音楽なんだ。つまり「ツィゴイ ネルワイゼン」という音楽そのものがテーマだから、他の音楽的要素はなるだけ排除しなくちゃならな い。メロディがあるとしても、「ツィゴイネルワイゼン」にプラスするものでなきゃならない。それから、 あの映画のなかでは、音として和楽器を多用している。武満さんは美しいメロディラインを書く人だけ ど、そういうところに共通項を感じてくれたんだと思う。画面にピアノが出てくるならピアノ音楽を流 してもいいけど、お砂糖まぶし的な音楽は必要ないと思ってる、とばかりいいきれないものをつくった こともあるんだけど(笑)。 いまの時代、耳が眼に利用されているような気がするんだ。だけど眼と耳は独立法人。耳もね、ちゃん と自己主張しなくちゃいけないと思うんだよ。 彷書月刊 2007 年5月号よりhttp://www3.tky.3web.ne.jp/~honnoumi/ *彷書月刊の許可を得て転載しています。無断転載、転用、引用を禁じます。 |