「キース・ジャレット〜音の探求〜」
初めまして、ファンの皆様。 10年ほどキース・ジャレットの調律を担当させていただいている眞鍋です。コンサートのバックステージを支えるスタッフの一人として、本番前の緊張感をお伝えしたいと思います。彼のコンサートでは、会場に備わっているノーマルに調整したスタインウェイD型(フルコンサート)を、440〜442Hzの平均律で調律した楽器を使っています。音色のはっきりしたコントロールのしやすい楽器を好み、鍵盤の重さにはあまりこだわりがないようです。しかしスタインウェイはどこの会場でも1台しかなく、彼の好む楽器が少ない事が僕の悩みでもあり、僕の仕事でもあるのです。ある会場で、大ホールにスタインウェイがなく、残響の多いホールから運び込んだ楽器が、柔らかくフカフカしたものだった時には困りました。響くホールではこの楽器は残響が助けてくれますが、大ホールでこれを使う事は、ほとんど不可能に近い事でした。5時間近くの作業にも関わらず、彼の期待に答えられなかった事に苦い思い出が残りました。ジャズと言っても、彼は音楽に対し非常に謙虚に接しており、奏でる音楽はリズム感や即興性ばかりでなく、思想・感情そして主張を88鍵の音で表現する為、楽器の機能や音色には細心の注意を払って調整しています。
彼の要求で特別なものはありません。ピアニストとしてごくあたりまえな“耳障りな音をなくして欲しい“事だけです。そういう意味ではスタインウェイをよく知っていますし、音楽の目的が明確なだけに、僕も楽器を作り上げやすいのです。それにしても彼の音に対するこだわりは、とても綺麗なppを出す事からも解ります。
彼のppは数いるピアニストの中でも最も透明感溢れる音です。このところ来日するたび事に彼の要求が高くなっている事を感じています。音楽や楽器の好みが変わったのではなく、もっと澄んだ音が今の彼の音楽を表現する上で重要になってきているのではないかと思っています。ピアノの機能をフルに活用している彼の演奏スタイルには、僕を始めとするピアノ技術者は楽器の全てをチェックしていなければなりません。pp〜ffの音色・弾き心地・ペダルの具合など、普段は余り使うことの少ない真中のペダル(右ペダルが全弦の開放に対し、弾いた音だけを開放にするペダル)は、今回の公演では使用しなかったようですが、必ずチェックしておかなければならないペダルです。
最高の楽器を最高の状態で提供し、アーティストが奏でる最高の演奏を皆様に楽しんでいただく鯉沼社長のロマンは、多くの時間と費用、スタッフや楽器の準備に委ねられています。使用する楽器の良し悪し、レンタルが必要かどうか、事前調整が必要かどうかなど、演奏芸術を成功させる陰で、細かい準備と綿密な打ち合わせが行われています。
客電が落ち、皆様の拍手に迎えられる彼を送り出すまで、スタッフは気を抜けないのです。
調律師 真鍋 要
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