2004年4月25日 東京文化会館
Keith Jarrett/Gary Peacock/Jack DeJohnette 初日公演の第一部が終わって、休憩時間になっていました。
こんなことは、めったにないことなのですが、何人ものお客様が客席のMIXER のところへ いらっしゃっていて、音響機器をじっと鑑賞したりしながら、そのうちのひとりのお客様がにこにこしながら言った言葉。
「PAしていないんですよねー」
うれしかったですー。
なぜならKeith Jarrett/Gary Peacock/Jack DeJohnette の演奏は、3階席の一番奥のお客様にも、上手の一番前のお客様にも、お客様がそれぞれのアーティストの指先に目を移しさえすれば、たとえその音がピアニッシモのソロだったとしても、ミキサーのフェーダーをまったく動かすことなくちゃんと伝わる、そんな自然な音で聞いて欲しかったからです。こんな音になって欲しかったというところは、2001年に Making of TRIO JAZZ のなかで紹介させていただきましたので、Keith Jarrett/Gary Peacock/Jack DeJohnette の演奏の方法が音響的にみてもどれだけ素晴らしいか。今回はそのひとつをご紹介します。それは、3人とも『ピアニッシモ』を大切に表現できる様にしているということです。その楽器が表現できるいちばん小さい音。ピアニッシモを表現できるということは、とりもなおさずフォルテシモを より感動的な音にし、お客様はその変化の大きさに心を打たれるのだと私は思います。ではこの3人の ARTIST がどうしてピアニッシモをこんなに素晴らしく表現できるか。。
まずこの TRIO は、『お互いの生の楽器のいちばん小さい音』 が聞こえるくらい近くにお互いの楽器を置きます。どんなに広いステージであったとしてもこの基本をくずさず、『お互いの生の楽器のいちばん小さい音』が聞こえるこの位置関係で演奏します。少し専門的になりますが、最近のステージではモニターサウンドシステムが一般的に使われていますが、この TRIO にも最新鋭のモニターサウンドシステムが用意されてて、必要であればどの楽器の音も、各人のウエッジモニタースピーカーから良く聞こえるようにMIXING できるようになっています。
ところがこの3人は、ARTIST 自身の意思で、ウエッジモニタースピーカーから相手の音を出して、ウエッジモニタースピーカーから聞こえてくる相手の音と演奏するという『一般的な楽な方法』ではなく、たとえ相手の音がきこえずらく 演奏しずらくても、全神経を『相手の生の音を聞き演奏する』ということに集中し、常にそのことに最善の努力をしています。ここが、この3人のすごいところであり、だからTRIO として素晴らしい演奏になる。
たとえば、Jack DeJohnette のところには、彼の意思で、『彼の右耳に聴こえるPianoの生の音』と同じくらいの音量のPianoの音を、彼の左側のウエッジモニタースピーカーから少し返しているだけで、決して『PIANO の生の音』より大きな音を出しません。WOOD BASS の音も、自分の DRUMS の音も彼のウエッジモニタースピーカーから出すことができる状態なのですが絶対に出しません。このことによって Jack DeJohnette は、Keith Jarrett がピアニッシモの演奏になったとき、その『繊細な小さな音がどのくらい小さいか』を 『PIANO の生の音』によって感じとることができ、その結果、『繊細な小さなPIANO の生の音』に負けないくらいの、『繊細な小さなDRUMS の音』を奏でることができるのです。もちろん、繊細で小さな音でDRUM をたたくことがどれだけむずかしいか、が肝心なのですが。
別の言い方をすれば、一般的にその場所で『生』で聞こえる PIANO の音や、WOODBASS の音よりも、少しでも大きな音を、ウエッジモニタースピーカーから出してしまったその時点で、そのミュージシャンは、PIANO や、WOOD BASS のピアニッシモを、本来のピアニッシモより大きな音として感じてしまい、自らのピアニッシモの尺度をも、『大き目なピアニッシモ』にしてしまっている、とも言えます。そして、そのミュージシャンが演奏する『大き目なピアニッシモ』の音を、自分のウエッジモニタースピーカーから聞いた別のミュージシャンは、またその『大き目なピアニッシモ』を自分のピアニッシモの尺度として演奏し、その GROUP のピアニッシモはなくなっていくのです。
Keith Jarrettのウエッジモニタースピーカーからはやはり、彼の奏でる繊細な PIANO の音だけが返されています。WOOD BASS の生の音、DRUMS の生の音と演奏しているのです。
実は今回 Gary Peacock のところに 来日以前からの彼の要望で、ステレオタイプのイヤーフォンモニターを用意したんです。彼自身イヤーフォンモニターを使うのははじめてでしたが、最初はそのイヤーフォンモニターに彼自身の WOOD BASS とPIANO の音を出して演奏してみました。ところが、彼曰く、WOOD BASS の感じはとても良いのですが、PIANO の音 が ずれて聞こえるとおっしゃって、WOOD BASS の音だけをイヤーフォンモニターから出すようにしました。PIANO の弦からマイクまでの距離 と 生のPIANO との距離の微妙な時間差を、イヤーフォンをしていながら、聞き分けられたこと自体、相当に動物的な感覚で演奏しておられるんだなと感心しましたが、最終的にはイヤーフォンモニターをはずしてしまって、彼のウエッジモニタースピーカーには、WOOD BASS の音だけを返しての演奏となりました。やはり PIANO の生の音、DRUMS の生の音との演奏になりました。
イヤーフォンモニターをはずして、長年そうしてきた相手の生の音を聞き 演奏する感覚にもどった時の、生き生きとした彼の演奏の、ふっと『ピアニッシモ』になるその抑揚の表現、そしてその表情が、やっぱり良いなと感じたのは私だけではなかったと思います。