The Standards
音楽する以外の雑事から解放されたい……
そんな時にふと思い当ったスタンダード・ナンバー

 私がソロ・ピアノを精力的にやっていた頃の1970年代のジャズ界では、ジャズ・グループがレコードを作りたいと思っても、自分たちのオリジナルのサウンドを確立していなければ世に出すことはできなかった。スタンダードをやっているのでは誰も相手にしてくれなかった時代だった。そんな70年代、私はアメリカとヨーロッパのミュージシャンによる二つのカルテットを持っていて、そのために多くの時間を作曲に費やしていた。自身がリーダーであることに不満はなかったが、リハーサルのたびにメンバーに新曲の譜面を渡し、こうしたいああしたいといろいろ説明したりするのを、未来永劫やるのだとしたらそれは御免だと感じていた。デューイ・レッドマンはすばらしいプレイヤーだったが譜面には強くなかったうえにリハーサルに出てこない。チャーリー・ヘイデンはドラッグの問題をかかえていた。だから私は、まるで医者であり、車を運転してデューイ・レッドマンを起こしに行くことから始めなければならなかった。こういうことはいつまでもやっていられない。そういう状況から何とか解放される方法はないものかと考えていたときに、ふと思い当ったのが、ボストンのクラブで働かせてもらっていた無名時代に懸命に憶えた“スタンダード”だった。私は学生時代から歌手の伴奏を毎晩のようにやっていたから、何百という曲のコード進行も歌詞も知っている。それで、(当時は)誰もやっていなかったスタンダードをやろうと決めたんだが、それがなんと20年も続いてしまったんだよ。