The October Revolution
ピアノで遊んでいた弟が生み出した
特別な音と《ジャズの10月革命》、つながった二つの体験

 ニューヨークのダウンタウンで、いわゆる《ジャズの10月革命》(注:1964年にビル・ディクソンが主宰した一連のフリー・ジャズ・イヴェント)と称されるイヴェントが若手のミュージシャンたちによって興されたとき、私はクラシックのピアニストをめざして研鑽中だった。そういうときに、《ジャズの10月革命》を通じて「音楽を演奏する上で技術の錬磨がすべてではない」という考え方が存在することを知らされたのは大きな衝撃で、私の音楽観にきわめて重要な示唆を与えた。「生の感情(エモーション)をさらけだすのにテクニックはいらない」ということを教えられたのだから。ひょっとするとそこに登場したミュージシャンたちにはテクニックがなかったのかもしれない。しかし、これがきっかけで私は、「(ピアノを)マスターする」ということがどういうことなのか、その意味を根本から考え直すことになった。クラシックの世界では、いかに明確にかつ完璧に弾きこなすかがまず問われる。ところが《ジャズの10月革命》に登場したミュージシャンはといえば、稚拙なテクニックにも関わらず私の心を揺り動かし、感動させた。「一体これはどういうことなんだ?!」と私は考えさせられた。そして、「何かを伝えたい!」という強烈な意志こそが技術を超越して人々に何かを伝える力になる、ということに気づいたんだ。私の人生はその瞬間から大きく変ったといえる。
 私には4人の弟がいて、一番下の弟のクリストファーが8歳の頃、私は10代後半だった。そのクリストファーはピアノのレッスンなど1度も受けたことがなかったのに、彼がピアノで遊んでいる時に素晴しいサウンドを生み出した瞬間があった。それは、ピアノを習っていたら出てこなかったかもしれないと思えるスペシャルな音で、この体験と《ジャズの10月革命》で教えられた体験が私の中ではつながった。ESPからレコードを出したサックスのジュセッピ・ローガンやドラムスのミルフォード・グレイヴスといったミュージシャンは、弟が無意識にやったことを意図的にプレイする、そういう大胆なコンセプトをジャズに持ち込もうとしていたわけだ。以来、私は、技術の錬磨という研鑽過程が自分自身の音楽を表現する上で妨げにはならないようにと用心するようになった。私が自由なフォームの即興演奏に強い関心を持っているのはそのためで、ゲイリーはアルバート・アイラーとの共演体験があるし、ジャックはシカゴの前衛集団AACMやサン・ラー・アーケストラの出身でもあるから、3人には共通の基盤があるんだ。