Bud Powell
唸り声を上げながら“人生の最後の音”と感じられるような
演奏をする、バド・パウエルへの共感

 “gathering forces”の“force”は“音楽の力”と言えばいいかもしれない。もしもバド・パウエル・トリオ、オスカー・ピーターソン・トリオ、ビル・エヴァンス・トリオの延長線上に私たちのトリオを置くなら、バド・パウエルと私がもっとも共通点が多いと思う。私が演奏中に発する唸り声を人々はよく批判するが、だったらバド・パウエルが1960年にパリで演奏したときの録音を聴いてみるがいい、と言いたい。バド・パウエルだって大きな声で唸っている。それでも非難する人がいなかったのは、そこから彼の音楽が生み出されてるからなんだ。
 私はバド・パウエルを聴く前から、彼がどんなピアニストかわかっていた。ある時、フランスのジャズ・ホットという雑誌でブラインド・フォールド・テストをされたことがある。私がまだすごく若い頃、おそらく1960年だったと思う。テストを受ける前に私は、彼らが用意するだろうピアニストの名を書きだしたリストを作っておいた。それが当るかどうかも楽しみでね。その時点で、まだ私はバド・パウエルの演奏は聴いたことがなかった。「これがバド・パウエルなんだ」と認識して聴いたことは1度もなかったんだ。もちろん、テストでバド・パウエルの演奏がかかるかどうかも知らされていなかったが、リストの中にはバド・パウエルの名も挙げていた。テストが始まり、様々なピアニストの演奏がかけられて、それが誰かを私は答えていった。ほとんどが正解だった。だいたいちょっと聴けばわかるからね。そのうち、あるピアニストの演奏がかけられた瞬間、それがバド・パウエルに違いない、と私は直感した。なぜなら、その演奏からは他の演奏にはなかったもの凄い“力(force)”が感じられたからで、よほどの巨人に違いないとわかったからだ。
 バド・パウエルが唸り声を発しながらプレイするのを聴いていると、彼がどれほどプレイに集中しているかが感じられる。だから私にとってはとても重要で、物静かにプレイしているピアニストを見ると逆に訊いてみたくなる、なんでそんなに冷静なのかと。バド・パウエルのプレイから感じるのは、彼のタッチから弾き出される音が彼の人生の最後の音のようだ、ということ。今プレイしなければ死んで2度とチャンスは巡ってこないかもしれない、というような差し迫った緊迫感が彼の演奏にはある。(演奏は)そうでなければならないと私は考える。だからバド・パウエルにはとても共感するところがあるんだよ。