Gathering Forces
トリオの活動を一言で表現すれば“力の結集”
3人の、また様々なスタイルの“音楽の力”の…

 私には、アート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズを振り出しに、チャールス・ロイド、ローランド・カーク、マイルス・デイヴィスらと共演してきた経験がある。多くの有名ミュージシャンのステージに飛入りでプレイしてもきた。そうした過程で、チャーリー・ヘイデン、デューイ・レッドマン、ポール・モチアンといったミュージシャンたちとも出会うことができた。しかし、ゲイリー、ジャックと組んだこのトリオをやっている時のような、音楽的に濃密な関係はかつて経験したことがない。個々のミュージシャンとしての活動、それぞれに固有の歴史や背景、そうしたものを一人一人が持ちながら、ひとたび3人が一緒になると、別の性格の大きな塊になる。このトリオは、何かが作用して化学反応が起き、私たちを一つに結束させてくれている! と、思いたくなるほどなんだ。
 このトリオで私たちは、つねに危険を冒すことを恐れず、モダン・ジャズの最先端と伝統的なビバップのど真ん中とを行ったり来たりし、フリー・スタイルの即興演奏にもチャレンジすれば、私が古風なストライド・ピアノ奏法で演奏してはジャズ・ピアノの古いスタイルに光を当てたりもしている。このように様々なスタイルの演奏を本気でやるには、よほど該博なジャズの知識がなければならないが、当然うわべの知識ではなく、それぞれのスタイルに対する真摯な気持ちがなければならない。私たちはその点、十分な資格を持ってると言えるんだ。私は、ディキシーランド・ジャズからポップス、ディナー・ミュージックもダンス音楽も酒場でピアノを弾くことも何でもやってきた。ゲイリーもジャックもいろいろな体験をしてきている。それに、ゲイリーもジャックもピアノを弾くし、私はドラムスもプレイする。ジャックはベースも弾くし、ゲイリーもドラムスをプレイする。私たちは、これしかやらない!というような狭い心の持ち主ではないんだ。
 私たちは過去50年間のどの時代に起ったことにも関心があり、どんなスタイルもカヴァーすることができるし、現実に様々なタイプの音楽をこのトリオは試みてきた。私たち3人が一つになり、これほど多彩なことを当り前のようにやってきたなんて、信じがたいことだ。私たちはコンサートの成りゆきについて考えたりはしない。ステージに出る時、ゲイリーもジャックも「これからキースの音楽をプレイする」というようには考えていないはずだ。このトリオでは3人が3人ともサイドマンみたいなもので、誰かが一つの考え方を提示して他の2人がそれに従う、というような関係にはなっていない。3人で音楽を創り出す、そういう気持ちでプレイに臨んでいるんだ。3人が集ってプレイする、それだけなんだ。こんなふうに言うと、「そんなに簡単なことなの?」と訊かれそうだが、互いに信頼しあっているからこそ可能な極めて高い境地の音楽体験なんだよ。3人の親友が久々の再会を楽しむような気持ちで私たちは毎回ステージに出ている。あるコンサートで、私はステージ上でゲイリーとジャックに感謝の気持ちを伝えたことがあったが、そうしたいという気持ちになった自分を、なんて幸運なんだろうと私は思うんだ。
 これまでに私たちがしてきたことは、過去50年間に培われてきたモダン・ジャズの歴史を背景に、ジャズとその外側にある音楽をも取り込みながら、そのオリジナルが持つスピリットを失うことなく、そのうえでさらに何か新しさを付け加えて形にして残そうとやってきた、と言えるだろう。ただ過去を振り返るというのではなく、私たちがやっていなければ消滅してしまったかもしれない、あるいは消滅の時期が早まったかもしれないことを、音楽的に継承・発展させようとしているのかもしれない。私たちの音楽活動を一言で表現するなら、“ギャザリング・フォーセズ (gathering forces)”(力の結集)とでもいうのが適切かもしれない。