July 2, 1985

At the Palais des Congres

思いやり溢れる選曲に救われ、痛めた左手の二指を
使わぬままベースを奏でた、忘れ得ぬパリ公演

 1985年にパリのパレ・デ・コングレで行なったコンサートは2日間あった。初日のステージで私はうかつにもベースの縁を強く打ちすぎて左手の小指と薬指を痛めてしまい、2日目のステージでは3本の指しか使えない状態だった。医師に診てもらうと完治まで最低3日はかかるといわれた。そのことをキースに話すと彼は「どうしたい?」というから、「もちろん演奏したい」というと、「OK、心配ない。何とかやれるようにしよう」といってキースは、できるだけ私に負担がかからないように、ミディアム・テンポの曲を中心にプログラムを考えてくれた。曲のキーもフラットがいっぱいついているような難しい曲はさけ、FとかCで始まる比較的指使いが楽な調子の曲を選んでくれたんだ(<星影のステラ>、<ザ・ロング・ブルース>、<恋に恋して>、<今宵の君は>など)。こうして無事にコンサートは終えることができ、そのときのライヴ・アルバム『スタンダーズ・ライヴ/星影のステラ』は日本では“ゴールド・アワード”(1986年度スイングジャーナル主催“ジャズ・ディスク大賞”金賞)も獲得した。
 このパリのコンサートは、いま振り返ってみると、私にとっては生涯忘れられない思い出になっている。私は親指と人差し指と中指だけでベースの弦を押さえなければならなかったし、キースもジャックも私が指を痛めていることに気を使いながら演奏してくれていたために、普段とは違う演奏になった。それに何より、私が指を痛めたことを話したとき、キースはまったくいやな顔をせず、「今夜は替わりのベース・プレイヤーを探す」ともいわなかったし、「ベース・ソロはどうする」などと責めもしなかったばかりか、「何とかやれるようにしよう、どうしたらいいか考えよう」と思いやりを示してくれたのだからね。どんな状況にあってもベストを尽くすという前向きな姿勢がキースにはある。そんなキースが私に寄せてくれている深い信頼感、それに応えたいと私も懸命なんだ。