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 エスビョルン・スヴェンソン(1964年生まれ)は、クラシック・ピアノを弾く母とジャズ好きの父のもと、ラジオでポップ・ヒット曲を聴いて育った。ピアノのレッスンを受けつつ初めてのバンドを組んだのはハイスクール時代。大学で音楽を学び、80年代半ばからはスウェーデンとデンマークのジャズ界で活動、自身のトリオを結成したのは90年、ドラマーは幼馴染みのマグヌス・オストロムだった。家が近所だった二人は、バンド活動こそ共にしなかったがそれ以前、ドラム・セットを手に入れたオストロムがスヴェンソン家に持ち込み、演奏の仕方もわからぬまま誰に教わるでもなく共に演奏しだした仲だった。  当初、彼らが試金石としていたのはビル・エヴァンス・トリオだったという。が、他の誰でもない自分たちの音楽を、と、新しいベーシストを探し出した二人が出会ったのが、スウェーデンの大物ドラマー(フレデリック・ノーレン)のクインテットで演奏していたダン・ベルグルンド、1993年のことだった。そして同年中に3人は初作『When Everyone Has Gone(日本未発売)』をリリース。以来、不動のメンバーで活動。

<日本未発売作品>
◇『When Everyone Has Gone』(1993)
◇『Mr.And Mrs. Handkerchief』(1995)
*ライブ盤(『e.s.t. Live '95』と改題され2001年に再発)
◇『E.S.T.Plays Monk』(1996)
◇『Winter in Venice』(1997)
◇『Somewhere Else Before』(2001)
*『フロム・ガガーリンズ・ポイント・オブ・ヴュー』及び『グッドモーニング・スージー・ソーホー』収録曲で構成された米デビュー編集盤
*日本既発売作品はディスコグラフィーのページを参照

 『E.S.T. Plays Monk』はポップス系のレーベル (Superstudio Gul / Diesel Music) からのリリースですぐに1万枚を越えるセールスを記録、活動範囲を広げる。そして『フロム・ガガーリンズ・ポイント・オブ・ヴュー』が独アクト・レーベルを通じてスカンジナヴィア外でリリースされたこと、また独ジャズ・バルティカやモントルー・ジャズ・フェス出演が弾みとなり、さらに『グッド・モーニング・スージー・ソーホー』と欧州名クラブ・ツアー"RISING STARS" Jazz Circuit、名ジャズ・フェス出演等で欧州中にその名を知らしめる。
 2001年、欧州での人気を決定付けた99、2000年の2作品の編集盤『Somewhere Else Before』で北米デビュー。02年3月、『ストレンジ・プレイス・フォー・スノウ』発売と同時に乗り出した世界ツアーは9ヶ月18カ国100公演を越えるもので、6月は北米アルバム発売と同時に当地をツアー、夏は数々の欧州名ジャズ・フェスに出演。アルバムは数々の賞に輝き、また仏女優/脚本家マリナ・ドゥ・ヴァン監督映画『イン・マイ・スキン? 人には言えない、私が本当にしたいこと (Dans ma Peau)』のサントラに使われた。
 2003年も3月からワールド・ツアー、6月には"The Synergy Live"で初来日を果たし、夏にはK.D.ラング米ツアー(16公演)のオープニング・アクトを務める。秋リリースの『セヴン・デイズ・オブ・フォーリング 』は、スウェーデンのポップ・チャートで15位を記録、ドイツ、フランスでもポップ・チャート入り。アルバム発表後1年間に彼らのライヴに足を運んだ聴衆は延べ10万人を越えた。2005年初頭、自身たちのプロダクション (Spamboolimbo) で製作した『ヴァイアティカム』をリリースすると欧州各国でヒット。この年も春から世界ツアーを行なった。
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