ここ数年、欧州各国でありとあらゆるジャズ賞を総なめにしてきたスウェーデンの人気トリオe.s.t.の最新作が完成した。2004年12月に欧州21カ国の代表が投票で決める「ヨーロピアン・ジャズ賞」を受賞したこのピアノ・トリオについては、2003年に日本で開催された「シナジー・ライブ2003」でのステージや2004年4月の再来日、またここ数年の間にリリースされた数々のアルバム、なかでも「ストレンジ・プレイス・フォー・スノウ」や「セヴン・デイズ・オブ・フォーリング」といった秀作を通じて、日本でも一気にファンが増えており、それだけに新作を待ち望んでいたファンは決して少なくないと思う。かくいう筆者もじつはe.s.t.を「シナジーライブ2003」のステージで聴いて以来、このトリオの大ファンになった1人で、彼らが2004年に来日したときは、私が解説を担当してるNHK-FMのジャズ番組「ジャズ・クラブ」にトリオの全員をゲストに招いてインタビューするとともに「セヴン・デイズ・オブ・フォーリング」から数曲を選んで紹介したりした。

新作を手にしてまず最初に興味をそそられるのは、アルバムのタイトルが今回もまた聴き手のイマジネーションを駆り立てる標題になっているということだ。ここに使われた「VIATICUM」という聴きなれないタイトルにはどういう意味が隠されているのだろうか。早速調べてみると、Viaticumというのは元々はローマ時代に使われた古い表現で、旅立つ人におくる<餞別>とか<食べ物>のことという。それから現在では<旅費>とか<旅行用品>などと訳される。e.s.t.が新作にこのタイトルを選んだのは、様々な意味をこめてのことと思われるが、一つの解釈としては、どこへいくときもこの音楽を一緒に携えて、旅に出て欲しい、というような願いがこめられている、というのに解釈することも出来るだろう。また、e.s.t.は、2005年度も世界の各地を旅することになっており、彼らの旅はまだまだこれからが始まりなのだ、というようなイメージにもつながる。

ところでe.s.t.がつくるオリジナルの曲のタイトルやアルバムのタイトルは、“詩人”でもあるトリオのドラマー、マグヌス・オストロムがアイデアを出すことが多い、と「ジャズ・クラブ」のインタビューで明かしたのは、ピアニストでリーダーのエスビョルン・スヴェンソンだった。オストロムはどちらかというと無口で、いつも頭の中では何かを考えているというタイプ。イマジネーションが豊かで、いつも抽象的だが、詩的なタイトルを考え出すという才能を持っている。番組で私が「尊敬してるミュージシャンは?」と聞いたとき、オストロムは「ドラマーではロイ・ヘインズ、そのほかに尊敬しているミュージシャンではギターのビル・フリゼールとジミ・ヘンドリックス」と答えた。トリオのベーシストであるダン・ベルグルンドが返した答えは「ディープ・パープルのギタリスト、リッチー・ブラックモアとジャズ・ベーシストのチャーリー・ヘイデン」というものだった。リーダーのスヴェンソンのこのときの答えは難解だった。「私はヨーロッパのクラシック音楽に強く影響されていて、ヨハン・セバスチャン・バッハからベラ・バルトークまで何でも聴く。なかでも最近どっぷりと浸かっているのはフレデリック・コパンだ」という答えがかえってきたのだ。最初の2人までは判ったが、コパンというのがすぐに思い当たらなかったので、ペンを渡して名前を書いてもらうと、なんと“ピアノの詩人”ショパンのことだった!

このやりとりからも明らかなようにe.s.t.というトリオはメンバー一人一人が様々な音楽的背景を持ったミュージシャンの集合体だということがよくわかる。しかも、もうすでに彼らは1993年の結成以来10年以上もずっと一緒に活動を続けてきているので、単なる思いつきによる異種文化の配合とかフュージョンといったありきたりのアイデアとははるかに次元の異なる長期自然熟成型の化学反応がトリオの内部では起きていて、そこからe.s.t.の独壇場ともいえる斬新で刺激的なクリシェから解放されたサウンドが生まれるのだ、ということがわかるのである。


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